ハード デイズ ナイト

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フーコー☆余談

以下、ミシェル・フーコーと、ロラン・バルトをまったく知らないと、おもしろくない内容になってます。しかも長いです。

フーコーが初めて来日したとき、「どこに行きたいか?」と訊かれて、「ラブホテルと答えたらしい(笑)。
“ラブホテルは性行為をするためだけに建てられた、日本にしかない施設”で、外国にはない日本名物なので、すごく行ってみたかったんだと思います。
社会学的な興味も高いでしょうし。
著作でも、「幻想的な迷宮」って言ってます。たしかに名前だけ聞いて、建物だけみたらそうかもね(笑)。
東大とかどこかの偉い人がフーコーをラブホテルまで連れて行ってあげたんでしょうね(笑)。

つまり、フーコーと誰かワン・ナイト・オンリーをした日本人男がどこかにいるということですよね(下世話ですいません)。
どうでもいい話ですが、その人は果たしてスキンヘッドのフランス男が、かのフーコーだと知って一夜をともにすることができたんでしょうか。
フーコーってそうゆうこと言わなそうだから知らなかったような気もします。
でも、たとえば、祖父にいきなり「俺は昔、フーコーと寝たことがあるんだぞ」とか自慢されたとしても、誰も信じないで老人のボケだと思うような気がする、とゆうようなフーコー伝説な話を、学生時代に友人としました(笑)。
フーコー本人は怒らないと思いますが、ブログ読まれた方にめちゃめちゃ怒られそうですが、冗談ですので…(汗)。

ロラン・バルト6
  ロラン・バルトも、20世紀最大の哲学者の一人

私が1、2を争うほど大好きな哲学者の二人、フーコーとバルトがデキてたそうです(?)。
まぬけな私は、つい最近までそれを知りませんでした。
萌えはしませんが、まるでジュネかヤオイのような現実に圧倒されて口がきけません。

天才にゲイかバイが多くて、私が好きになる人はみんなゲイばっかりというのは、色恋に目覚めた頃からわかってはいたのですが…常に現実は妄想をというか想像を超えてますよね。

ロラン・バルト5

学生の頃に、ロラン・バルト展に行ったときには思わなかったですが、いま見るとゲイですねえ。
もしかしてあの展覧会は、ゲイっぽさを出さないような展示にしてたんでしょうか。そんな気もする…

女装する幼い日のバルト
スカートをはいた幼いバルト
少女にしか見えません。可愛い



フーコーの最後の恋人であり、ロラン・バルトとも交流があった作家に、エルヴェ・ギベールがいます。

ぼくの命を救ってくれなかった友へ (集英社文庫)ぼくの命を救ってくれなかった友へ (集英社文庫)
(1998/03)
エルヴェ ギベール

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内容(「BOOK」データベースより)
エルヴェ・ギベール・フランス文学の将来を担う気鋭の作家だったが、エイズに感染、絶望の中、残酷な病と闘う自分自身の姿、同性愛、M.フーコー、女優I.アジャーニとのスキャンダラスな関わり―一切合切をさらけ出して書き、フランス中に衝撃を与えたのがこの作品である。1991年12月、36歳の誕生日の直後にギベールは死去。翌92年本書は日本でも単行本として刊行、一大センセーショナルを巻き起こし、彼の死を悼む声が殺到した。


1990年に、フランスの老舗であるガリマール社から発表されているんですね。

実は私、エルヴェ・ギベールの本は、倒産前のペヨトル工房の本は持っているんですが、最も有名な遺作(というよりも彼を有名にした遺作)は読んでないのです(汗)。
『ぼくの命~』は、日本のブックオフでも100円で買えるくらいに売れた本です。
私は中学生か高校生の頃に、ブックオフのワゴンセールで100円で出てた本が気になって、立ち読みしたのが出会いでした。
100円だったのに買わなかったのは、「わぁ、見ちゃいけないもの見ちゃった!!」って感じに18禁なぐらいにエロかったのと、エイズによって理解されない呪わしさがグロくて怖かったんですね。
またそれが100円で売ってることも呪わしくて怖かった(笑)。
でも、いま思うと、死ぬ間際にも恐ろしい透明感のエロい醜さを呪わしく美しく描けるなんて、元気じゃん!!(感心する!)と思うので、そろそろ近いうちに読みます。

エルヴェ・ギベールは、ちょっとでも彼の作品を読んだことがある人なら、彼が困ったチャンだということがわかると思います(笑)。
エルヴェ・ギベール
ゲイで美青年な写真家で作家
写真も好きだったみたいで、本によっては彼の撮った写真が載っていたりします。
昔買ったペヨトルの本についてもチラっと説明しようかと思ったのですが、どこにあるのか発掘できませんでした

『ぼくの命~』は読んでいないので説明はできませんが、自殺行為のような暴露本なあたりはちょっと、カポーティの未完の遺作『叶えられた祈り』みたいですが、作品としては同じくエイズ渦の遺作であるデレク・ジャーマンの『BLUE』っぽい印象があります。

叶えられた祈り (新潮文庫)叶えられた祈り (新潮文庫)
(2006/07)
トルーマン カポーティ

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内容(「MARC」データベースより)
ハイソサエティの退廃的な生活、それを見つめる虚無的な青年。賞賛と誹謗に満ちた奇矯な作家・カポーティが、実在の人物をモデルにして上流階級の人々の猥雑な姿を描いた問題の未完の遺作。


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(2000/05/25)
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内容(「Oricon」データベースより)
耐え難い死の恐怖とエイズの苦痛を、全編青一色という映像で表現した、鬼才デレク・ジャーマン監督の遺作。


カポーティもデレク・ジャーマンも大好きな作家で、ゲイです。
アーティスト集団、ダムタイプのリーダー的存在だった古橋悌二は、『BLUE』は〈エイズ芸術のステレオタイプ〉であり、それは〈「あなたは私を理解できないだろう、私はエイズで死んでいくのだから」というタイプ――私にとっては愛憎半ばする作品ですが――〉と表現していました。(『メモランダム』引用、リトルモア)

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(2000/11)
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ダムタイプについては、そのうち記事にしたいと思います。


フーコー 講義


ゲイの方って、女性を撮るのが非常に上手い映画監督がいたり、オネエっぽかったり、女性とは親友だったり、一応女性とも結婚したりしてるくらいのバイの方もいますが、フーコーは本当~~に女性に興味がないらしい。フーコーくらいだとむしろそれがカッコいいですね。
フーコーは、SMの社会的立場が入れ替わるところが好きだったみたいですが、それは私も社会人の一員になってから共感しますよ。
フーコーはSM道具も色々持ってたらしいし、あんなに穏やかで落ち着いててやさしいかんじもするのに、遊びはけっこう派手だったような気がするので、気になります、フーコーの下半身事情。
下世話じゃない意味で気になる。

フーコーは1984年、エルヴェ・ギベールは1991年、デレク・ジャーマンは1994年、古橋悌二は1995年に亡くなっています。
この時代は、エイズで亡くなる知識人が本当に多かったと思います。

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