ハード デイズ ナイト

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現代のおもしろい小説はいずこ?

どうでもいい話です。

古典もありますけれど、名作、傑作といわれるポピュラー(よく読まれている)小説は、近代の小説がほとんどです。
私は文学部卒ではなく、(特に日本の)文学史というものに1mmも興味がないので、テキトーーーーな意見ですが;

本を読まなくなって久しいですが、昔読んでいたものはほとんどが近代の小説で、「読書家」といわれる人たち(自称活字中毒者)が読むのも、近代のものが多いというか、それを読んでいなくては小説を読んでいないような感じがあると思います。
私も10代の活字中毒気味だった頃、とりあえず押さえなきゃいけないと思っていたました。
純文学の名だたる作家の作品は。

で、読んだ結果、うなるほどの技巧を持って書かれているし、おもしろいにはおもしろいし、なかには本当に好きな作品もあるのですが(明治の作品は好きなものが多いです)、どうでもいいものが多いんですよね。
浅田彰が、「文学が大嫌い」と言ってるのも頷けます(笑)。

何を言いたいかと言うと、私は(ほぼ)近代の小説しか読んだことがないんじゃないか?ということです。
現代の小説はいずこ?

書籍デジタル化委員会
電子図書館


こうゆう便利なサイトがあるんで、さっきチラホラ見てたんですが。
昔の文学作品って、現代で通用しなければしなくなるほど、紙媒体で読む以外は読みにくく、おもしろくなくなるのがハッキリしてますね

もちろん、現代人が読んでも何一つ遜色がない作品もありますよ。
夏目漱石とか。
近代を突き抜けた作家だから。
そうゆう明治の作家や、戦後の作家(無論、すべてではないですが)、あとユーモアがある作家を除き、「近代の小説」は現代人には通じないんじゃないかなあ(「教養」という以外には不要)と思いました。
(つまり↑のような作家が私は好きってことなんですが)
ネットでは読みにくくとも、本で読めば、古典としておもしろい作品もありますし!

繰り返しますが私は(ほぼ)近代の小説しか読んだことがないんじゃないか?ということは、現代の小説も、「近代の小説」だということです。
文体や、ディティールが変わったくらいで、「近代の小説」をうだうだと繰り返しているつまらなさ。
一部の、「出来事(事件)」ともいえるような小説を除き。

「優れた作品は、時代を背負ってる」というようなことがよくいわれるわけですが(これも今となっては、効力のないむなしさがある言葉ですが)、それは、「時代のしんどさ」から逃れようとしているような部分があるからこその言葉ですね。
その作品が(少しでも)逃れたことによって、現代人が少しその時代から逃れられるわけです。
文学の重要性は、そのような部分に見られていたのかな?と思います。

「出来事(事件)」ともいえるような普遍的作品も、現代(最近)書かれたものではないので、同時代を生きているわけではないし、現代小説をほとんど読んだことがないなあと思います。

むしろ、古典とか読んだ方が、同時代じゃなさ過ぎて、新しいですからね。

近代は、捨てようとしても、難しいんだと思いますが、現代小説なら本当に読みたいなあと思ってしまいます。

村上春樹は現代の作家じゃないのー?とか言われそうですが、村上春樹は目の錯覚だと思います(笑)。
ファンの方は、そこがいい(?)んでしょうが。

アンチで脱な、近代的でありつつ近代を気にもしてないような近代(現代)小説が読みたいものです。


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